JR根岸線(209系と柿)

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源頼朝は、鎌倉に幕府を開くと鎌倉に異変が起こった折、
諸国の家臣(武士団)がすぐさま鎌倉に駆けつけられる鎌倉道を造ります。
鎌倉道は、道幅2m程の狭い道で「上の道」「中の道」「下の道」がありました。
そのうち「中の道」と「下の道」及び1240年に北条泰時が造った中の道の新道である
「山ノ内道」が私の住むここ栄区を通っています。
これらの道の幅は、時代と共に拡げられ、現在に至るまで利用されてきました。

今日は散歩がてら、この鎌倉道沿いに多く残る庚申塔馬頭観音道祖神などの石仏を
私が持っている3代目の一眼レフカメラOLYMPUS L-10 SUPER)にモノクロフィルムを詰め
撮り歩いてきました。
(ちなみに私の持っていた一眼レフカメラ、初代が中学1年生の時に買ったペンタックスSPF
2代目が18歳の時に買ったキャノンA-1、そして3代目が家族旅行・子供の成長記録用に
適していると思って買ったオリンパスL-10 SUPERでした。)

鎌倉道根岸線と交差する辺りに沢山の柿の実をつけた木があるではありませんか!!
現在の愛機、コニカミノルタDiMAGE Z3を取り出して休憩がてら209系を撮影しちゃいます。
その後、この道程の目玉、広地の丸彫りの石仏、薬師如来像を撮ってから
根岸線を走るE721系甲種輸送(国鉄色,白プレートのEF65 1054号機の牽引でした)と
この甲種輸送の入換え作業に使われて常駐している茅ヶ崎運輸区に戻るのに
本郷台までやって来て折り返す単機回送のDE11を撮影する為、
大道トンネルの大船側(写真4枚目の場所、機関車は真ん中の線路を走ります。)まで
テクテク歩いています。