2021-10-01から1ヶ月間の記事一覧
腰越商店街 テレビで若い人たちへのインタビュー 今日は何の日ですか? 「ハロウィーン!!」 他には? 「エッ、他に?分かんない!!」 インタビューを受けた3名の口から 衆院選挙の言葉はありませんでした。
腰越商店街のような 素朴で庶民的な商店街では、 ハロウィン装飾も素朴です。
なんで日本でハロウィンが 盛り上がるのとも思うけど 子供たちが楽しめる日なら アリかなとも思う。
街中では、 商魂に基づいた ハロウィンの飾りつけも よく見かけますが、 ここ腰越商店街のハロウィン装飾は、 素朴で 商店街を利用してくれる人を 楽しませようという気持ちが伝わります。
腰越商店街 可愛らしいハロウィン装飾も ハロウィンが浸透した要因なんだろうな。
今日の甲種輸送、 富士山を背景にして撮ろうかと思い 富士山の様子を見に あーすぷらざの5階の窓から 富士山を眺めてみます。 富士山は、頭を雲の上に出し状態。 稜線が雲に覆われてしまっていたので 富士山と一緒に撮るのは断念。 そこで今しか撮れない ヒ…
あと2試合 最下位で終わるのか 5位で終わるのか 気分的に大きな違い。 来季の事なんて考えなくていいから レギュラーシーズン 優勝するか2位で終わるかというような 必死なプレイを 必死な采配を見せて欲しい。
貨物列車の 東海道旅客線迂回運転があったこの日、 薄と共に撮りたいと思い 横浜市内の東海道線で最も自然が残る 権太坂辺りに出掛けています。 かって旧東海道を東京から西に下る時、 最初の急こう配の坂として 権太坂を登り切れず行き倒れた人や 動けなく…
会津の里に田植えの季節が訪れた。 水田の中をポっポっと走っていくC11は、 まるでオモチャの機関車のよう。 上三寄駅では、 いなわしろ31号との列車交換が行われる。 いなわしろ31号には、 登校する地元の中学生が乗り込んでいく。 いなわしろ31号…
秋を入れたいなと思い大道トンネルの大船側へ。ここには4本の柿の木があります。
横浜の船というと多くの人が、飛鳥Ⅱなどの大型客船を思い浮かべると思う。 実際、私も一瞬豪華客船が頭をよぎるがすぐに正気に戻ったかのように運河に係留された日常風景の中の船が瞼に浮かぶ。
横浜の原風景が残る場所はと尋ねられたら 里山の雰囲気が広がる 寺家ふるさと村や 舞岡公園と 答える人が多いかもしれないですね。 私は、運河の雰囲気が残る 大岡川の下流域、 特にこの辺りを思い浮かべますけど。
横浜のイメージカラーはと尋ねると 8割以上の人がブルーと答えるそうです。 横浜の運河にも あちらこちらにブルーがありました。
鉄道写真において 薄は秋の風物詩として 写真を引き立てる存在。 江ノ電沿線の薄は、 年々少なくなっていて 残念に思っています。
2021年10月16日撮影 今日の晩御飯は、ビーフシチューだから ポンパドウルで バタールを買ってきてと頼まれ元町へ 我が家では、ビーフシチューの日は ポンパドウルのフランスパンと 決まっているのです。 買い物だけで帰宅するのもつまらないので 桜…
貨物列車運行区間の 根岸線で 秋に出会えるのは、 この辺りだけかな。
根岸駅の貨物発線に 5692レのタンクとコンテナが 珍しく長編成で置かれていました。 いつもは、タンクが付いていなかったり 空コキだったりするのに・・・ これだけの多い荷を牽くのは 何号機なのか気になって 十数分後にこの荷を取りに来る 8584レ…
1973年7月29日 夏休みを利用して 横浜からやって来た中学1年生は、 ここ山陰で初めて D51型蒸気機関車に出会います。 あれ?僕が知っている 写真で見慣れたD51じゃないぞ やって来たのは、 見たことのなかった変形デフ (後藤工場改造のG-5型…
ペンタックスSPF ネオパンSS 米子から戻ってきた G5’タイプの後藤式デフを装備した D51 833号機を 荒島駅に近い 安来~荒島の間の直線コースで撮影します。 ここで撮影したのは、 この863レが荒島駅で 隣接するセメント工場に 貨車3両を置いて行…
1973年7月24日、 横浜の中学1年生の少年は、 夏休みを利用して 2度目の会津線C11撮影を 福島・会津磐梯周遊券片手に 単独で行っています。 上野駅23時50分発の ばんだい5号に乗り ほとんど眠れぬまま 早朝、5時10分に会津若松駅へ 会津…
会津若松を早朝の5時42分に出た 1391レは、 上三寄駅でいなわしろ31号との 列車交換を行うため 6時42分から 7時9分までの27分間、 この上三寄駅に停車します。 上三寄駅の手前、 上三寄駅と門前駅の間に広がる 水の張られた田んぼの中から …
鳥取県日野郡にある 母方の祖母の実家にお世話になった 1973年の夏休み、 横浜に帰る前に 米子で蟹を食べさせていただくことになり 伯備線で米子駅へ ホームに降りるとC57の姿 境線の685レで C57の原形を残す5号機でした。 ずっと見ていたい …
1973年7月29日 山陰本線荒島駅にて 13歳の夏休み。 SL撮りたさに祖母の実家があった 伯備線の生山の親戚の家にお世話になり そこから山陰本線に出向いています。 この後藤デフを付けた D51833号機には、 この日3度出会い 全てカメラに収め…
ハナミズキの赤茶色、 ヒノデツツジの暗紅色、 ススキの金色など 眼下は、 秋を感じる色で 埋め尽くされていました。
降り注ぐ腰越の光に輝くススキが 七里ヶ浜の白波のようでした。
江ノ島電鉄株式会社の オフィシャルビジュアルも務める 湘南風景写真家、 市川紀元さんの写真展が 片瀬すばな通りの Gallery-Tで開催されており そこで2年ぶりに市川さんとお会いし 江ノ島電鉄の車内・駅ポスターを 手掛けるようになったいきさつなどを 伺…
今日の東急3000系中間車4両甲種輸送は、季節感を出したかったのでススキのある場所で撮ろうと考えていました。何か所か候補地はあったのですが港南台での洗濯機の買い物に思いのほか時間がかかり結局、選んだのは地元の駅近くススキありきで選んだこの場所、…
母方の祖母の実家が 伯備線の生山にあり 中学1年生の時の 1973年 そこに泊めてもらい 山陰本線に 蒸気機関車の撮影をしにでかけました。 この544レは、 当時、本州における唯一の C57が牽引する客車 浜田を早朝6時03分に出て 米子までずっとC…
PENTAX SPF ネオパンSS 1973年7月29日 当時、中学1年生だった横浜の少年は、 夏休みを利用して 伯備線の生山、 鳥取県日野郡日南町にある 母方の遠い親戚の家に泊めてもらい 山陰本線の蒸気機関車を撮りに行っています。 この日に撮影した列車を時系…
よっしゃ!と叫んで 気持ちよく眠りにつきたいのに 朝刊のスポーツ欄を見て ニヤリとしたいのに 小さなストレスしか与えてくれない。