EF65 2086 第2竹の丸トンネルの秋

 

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根岸駅の貨物発線に

5692レのタンクとコンテナが

珍しく長編成で置かれていました。

いつもは、タンクが付いていなかったり

空コキだったりするのに・・・

 

これだけの多い荷を牽くのは

何号機なのか気になって

十数分後にこの荷を取りに来る

8584レのEF65を

根岸駅のお隣、

山手駅で見届けることにしました。

 

第2竹の丸トンネルから

姿を現したのは2086号機でした。

 

 

 

 

D51 833 (866レ) 

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1973年7月29日

夏休みを利用して

横浜からやって来た中学1年生は、

ここ山陰で初めて

D51型蒸気機関車に出会います。

あれ?僕が知っている

写真で見慣れたD51じゃないぞ

 

やって来たのは、

見たことのなかった変形デフ

(後藤工場改造のG-5型デフ)を備えた

D51 833号機

 

この浜田機関区所属の

D51 833号機は、

この後、米子からの折り返しで

幡生まで行く863レとなり

私は、それも

安来~荒島の間と荒島駅構内で

2度カメラに収めていますので

1日のうちに3度も会った

馴染みのD51となりました。

 

 

 

 

D51 833 安来~荒島 1973年7月29日

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ペンタックスSPF

ネオパンSS

 

米子から戻ってきた

G5’タイプの後藤式デフを装備した

D51 833号機を

荒島駅に近い

安来~荒島の間の直線コースで撮影します。

 

ここで撮影したのは、

この863レが荒島駅

隣接するセメント工場に

貨車3両を置いて行く為、

15分間の入れ替え作業をするので

急いで戻れば、

もう一度、このD51 833号機を

撮影出来ると考えたから。

 

ここは、

空気が澄んだ日には、

後方に伯耆大山が見える場所と

地元の人から伺いました。

 

 

 

C11 80 会津若松駅

 

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1973年7月24日、

横浜の中学1年生の少年は、

夏休みを利用して

2度目の会津線C11撮影を

福島・会津磐梯周遊券片手に

単独で行っています。

 

上野駅23時50分発の

ばんだい5号に乗り

ほとんど眠れぬまま

早朝、5時10分に会津若松駅

 

会津若松駅には、

日中線の621レが停まっていて

この日は、C1180号機が

貨車1両と客車に連結されていました。

 

 

 

 

 

 

C11 19 会津線上三寄 1973年6月2日

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会津若松を早朝の5時42分に出た

1391レは、

上三寄駅でいなわしろ31号との

列車交換を行うため

6時42分から

7時9分までの27分間、

この上三寄駅に停車します。

 

上三寄駅の手前、

上三寄駅と門前駅の間に広がる

水の張られた田んぼの中から

1391レを撮影後

すぐさま上三寄駅に戻り

先程撮影した

C11を眺めました。

 

会津若松駅方面行のホームには、

いなわしろ31号を待つ

地元の中学生の女の子の姿が

 

この日、6月2日は

横浜開港記念日

私の通う

横浜市立中学校は、休校

だからこそ

こんな風に楽しめている自分と

いつも通り学校に向かう

会津の中学生とを比べて

申し訳ないような気分になったのを

なんとなく覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

C57 5号機 米子駅構内 1973年7月31日 

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鳥取県日野郡にある

母方の祖母の実家にお世話になった

1973年の夏休み、

横浜に帰る前に

米子で蟹を食べさせていただくことになり

伯備線米子駅

 

ホームに降りるとC57の姿

 

境線の685レで

C57の原形を残す5号機でした。

 

ずっと見ていたい

ずっと撮っていたい気持ちを抑え

後ろ髪を引かれる思いで

蟹料理店に向かいました。

 

このC57 5号機、

翌年の1974年7月6日廃車となり

現在は姫路で静態保存されています。