江ノ電画像展示場

江ノ電 片瀬諏訪神社例大祭 2022年 その7

多くの諏訪神社の神紋が、梶の葉だけで根がついていないのに片瀬諏訪神社は、諏訪大社から他郷への最古の御分霊社だけあって総本宮の諏訪大社と同じ「根有り三葉梶葉」。 諏訪大社上社と同じ根が4本の‘諏訪梶’です。(下社は、根が5本の明神梶) 鎌倉幕府…

江ノ電 片瀬諏訪神社例大祭 2022年 その6

龍口寺下では、宮入りの御立ちまでの間に御神輿の組み直しが行なわれその後に神輿くぐりがありその様子を見ているのも楽しみの一つなのですが今年はどちらも行われませんでした。

江ノ電 片瀬諏訪神社例大祭 2022年 その5

今年は、コロナ禍故の縮小斎行ということで龍口寺前の片瀬地区五町揃っての屋台山車の集結はなく新屋敷(あらやしき)、西片、西浜、東り町(とおりまち)、下の谷(しものや)五町の囃子屋台のみが集まりました。

江ノ電 片瀬諏訪神社例大祭 2022年 その4

例年ですと龍口寺前では、その年は無病息災になるとのことで法被を着た赤ちゃんが親に抱っこされてお神輿の下をくぐる神輿くぐりが行われるのですが今年は、コロナ禍故の縮小斎行ということで実施されませんでした。

江ノ電 片瀬諏訪神社例大祭 2022年 その3

「コロナ禍の為、感染状況を考慮し通常とは異なる形で縮小し斎行致します。」との事だったけれど皆の活気や密はコロナ禍前と何ら変わらず。 これならば、縮小斎行の必要なかったなと率直に思いました。

江ノ電 片瀬諏訪神社例大祭 2022年 その2

午後5時を過ぎ、龍口寺前に神幸祭の神輿一行が3年ぶりに到着。 その脇を西日に照らされた300形が駆け抜けていきました。

江ノ電 片瀬諏訪神社例大祭 2022年 その1

2022年8月27日 境川に架かる山本橋のたもとで東り町の囃子屋台が神幸祭の神輿一行を待っていました。

江ノ電 坂ノ下石上神社例祭

御霊神社の境内社・石上神社の御神体は御霊神社の前浜沖1kmに沈んでいた巨大な石です。 漁船が度々座礁することから、江戸時代末期、この大石の上部を切って引き揚げ御霊神社境内に海上安全の神としてお祀りしました。 石上神社には、大小2基の白木の神輿が…

江ノ電 坂ノ下の稲荷社

御霊神社には8つの境内社があります。そのうちの一つ稲荷神社は、 伏見稲荷大社より勧請され稲の生産と豊穣を司る宇迦之御魂大神を祀ります。 日本の神社の中で稲荷神社は、主祭神として2,970社、境内社・合祀などの分祀社は、32,000社を数えその数は、日本…

江ノ電300形 御霊神社の手水舎

コロナ禍前でも鎌倉権五郎景政に会う前に邪気を払い身(心・魂)を清めた参拝者は、私が見た限り半数程度だったというのに今は、新型コロナウイルスの感染を防ぐため柄杓の共用だけでなく手水そのものの使用が出来なくなっています。 コロナ禍が長引けば、手…

江ノ電300形 サーフボード

駅のすぐそばにサーフィン関係のお店やサーフィン教室があるのも駅の近くにサーフポイントを控える江ノ電ならでは

江ノ電300形 和田塚5号踏切道

和田塚5号踏切道 鎌倉駅に最も近い江ノ電の踏切鎌倉駅の西側である御成町とスーパーや丸七商店街などをつなぐ地元の人達にとっては、生活するうえで欠かせない踏切です。

江ノ電 極楽寺駅

北条氏の庇護のもと精力的なボランティア活動をした忍性の極楽寺。 今では、当時の面影はなくささやかなお寺。 かっての広大な極楽寺の境内に江ノ電極楽寺駅があります。

江ノ電300形 稲村亭の焼豚

自家製のこだわり炭火焼豚を造り続けている稲村亭稲村亭のホームページに貼られている動画を見ればこの店の焼豚に対するこだわりや思い入れがとてもよくわかる 出来る事なら私の好きなバラや肩ロースの焼豚もレパートリーに加えて選択の幅を増やしてほしいな

江ノ島電鉄極楽寺駅と355

『俺たちの朝』を見ていた世代です。 この駅に行くと極楽寺駅のホームの前の土手に三人が座っていたシーンがふいに目に浮かんできます。

江ノ電 岩沢酒店

何もない極楽寺の山間にある この酒屋の前を通るたび なんとなく店の中を眺めてしまう そんなお店

江ノ電300形 極楽寺

極楽寺といえば、今では、本堂と大師堂と収蔵庫、客殿と庫裡だけのささやかなお寺。 でもこの極楽寺、鎌倉時代には、忍性によってとてつもない大寺に造り上げられていたんです。 開創当時は、中央入り口に仁王門、参道左右に鐘楼、勧学院、参道正面に四王門…

江ノ電300形 稲村ガ崎のお店

稲村ヶ崎界隈ってお洒落なお店だったり味で勝負できるお店だったりいわゆる名店が散在していてはずれの店がありません。

江ノ電300形 旧安保小児科医院への道

この道の突き当りが旧安保小児科医院三方に設けられた切妻屋根とハーフティンバー様式の妻壁が印象的な建物は、1924年に建てられ1995年まで医院として使用されていました。

江ノ電 御成通り 夏

御成通りというと鎌倉駅西口の江ノ電鎌倉ビル前から由比ヶ浜大通りまで一直線に伸びる通りのことだと思っていたけれど御成通りの脇道、若宮大路につながる道も御成通りらしい

江ノ電300形 お盆休み中の長谷駅

コロナ禍を乗り越えるメッセージをのせたこの「みずたまてん」の暖簾効果なのかお盆休み期間中の江ノ電長谷駅では、もの凄い数の観光客が改札口をくぐっていました。

江ノ電 9条壊すな 戦争させない

江ノ電300形 極楽寺の山裾

極楽寺川の川砂は、多くの砂鉄を含んでいてその砂が堆積した七里ヶ浜の極楽寺川河口附近の砂浜は、今も黒い砂です。 その河口辺りには、1950年後半まで砂鉄の採取場もありました。 この辺りは、「金山」という地名で呼ばれていて鎌倉時代初期には、「金…

江ノ電 砂子

江ノ電の開業当時、1904年から1944年11月18日まで砂子坂という停留所がこの辺りにありました。 砂子は、「いさご」と読みます。すなわち砂金の事。 今でも極楽寺川や稲村ケ崎では、砂鉄に雑じって砂金が採れるようです。

江ノ電 下馬四つ角

この踏切の向こう側は、由比ヶ浜から鶴岡八幡宮まで一直線に伸びる若宮大路の下馬という交差点 鶴岡八幡宮に参拝する武士はこの辺で馬から下り、徒歩にて参詣したことに由来し「下馬」と言われ、今も地名として残っています。 そして、江ノ電は、「下馬四つ…

江ノ電 溶けないアイス

夏になると食欲がなくなりお昼御飯を抜くことが多くなります。 そんな日には、アイスをお昼御飯代わりにすることもしばしば

江ノ電300形 影

陽があると商店や家屋の影が軌道にかかり撮影しにくい腰越商店街ですが夏の光のコントラストにも助けられ面白い影が撮れました。

江ノ電 サーファー親子

週末ともなればチャリボー(自転車用サーフボードキャリア)にサーフボードを付けたサーファーが行きかう商店街です。

江ノ電300形 由比ガ浜(和田塚)界隈

重ね重ねの北条義時の挑発に挙兵を決断した和田義盛 北条氏打倒計画には相模国のほとんどの御家人が同調。若宮大路を中心に市街各所で2日間にわたり激戦を繰り広げます。 しかし北条義時側は、三浦義村の 和田義盛に対する裏切りや源実朝を擁して、和田追討…

江ノ電300形 長谷駅前

長谷駅から由比ヶ浜の海までは、たったの200メートル、徒歩3分なのだけど長谷駅前からは、海の気配を感じられないんです。 長谷駅前から海側を見れば突き当りに柵があり立ち入り禁止の行き止まりのように見間違います。 長谷駅から星の井通りまでの間に…