EH200 根岸外国人墓地

山手駅に迫る山の尾根は、
山手ブラフの続きで居留地の外国人が
馬や馬車で遠乗りした道で
山手駅2番線ホームのすぐ近くに
外人墓地もあります。

この写真の右手、
山手駅改札口から徒歩2分ほどの地に
1880(明治13)年に開設した
根岸外人墓地は、
戦後のアメリカ占領下になると
進駐軍と日本人女性の間に生まれた
「GIベビー」と言われる混血の嬰児が
捨てられるようになった場所でもあり
その遺棄された嬰児の人数は
当時立てられた十字架の数から察すると
約八百~千人ともいわれています。

(いくらなんでも
こりゃ、ちょっと
多く見積もっているんじゃないかと
半信半疑になってしまうけどね。)

墓地の仲尾台中学校側の場所に
木製の小さな白い十字架が
およそ30センチ間隔で並んでいたらしいけど
十年位前に訪れた時は
すでに朽ちた十字架さえなかった。

そればかりか
横浜山手ライオンズクラブが1988年に寄贈した
墓地入り口の案内板から
第2次大戦後に外国軍人軍属と
日本人女性との間に生まれた
数多くの子供達が埋葬されている」という記述が
横浜市環境施設課によって
横浜山手ライオンズクラブの許可なく
第2次大戦後に埋葬された嬰児(幼児)など、
埋葬者名が不明なものも多い」と書き換えられ
肝心の嬰児の出生に至る歴史の部分が
読み取れないようになっていました。

 

 

私が撮影した根岸外人墓地の写真です。

丘の上のエンジェル - PEACE IN TIME