「オヤジの飲み屋街」のイメージは遠い過去
今ではカップルや
若者たちの飲み屋街になっている野毛
その野毛のはずれ、大岡川沿いに建つ都橋商店街
その歴史をたどれば、
ちょうど60年前の1964年
東京オリンピックのバレーボール会場が
出来てまだ2年足らずの
真新しい横浜文化体育館で開催されると決まった際
野毛本通りを中心にあった戦後の闇市名残りの
露天商や屋台が美観上問題視され
横浜市は、一つの建物に店舗を収容してしまおうと画策
河川敷と河川上空の占有許可を超法規的措置で得て
横浜市建築助成公社が建設し、
商業者の組合(横浜野毛商業協同組合)へ貸与
さらに組合員が入居する形をとってスタートしました。
私が貨物列車撮影のため
この界隈に出没しだした頃は、
まだ靴屋さんや電気屋さんなど
いくつものお店が入っていたけれど
今では、60店舗すべて飲み屋さん。
それもかっての妖しげな雰囲気
うっかり足を踏み入れたら
悪い予感がする飲み屋はなくなり
外から店内を窺えるお店が増え
クラフトビールやワインバーなどの
お洒落なお店が揃うようになりました。
ソープランドやぼったくり店のある
福富町地区に近いのは、
マイナス要因かもしれないけれど
都橋商店街の建物は、
横浜市の歴史的建造物に
戦後建築として初めて登録され
文化庁のホームページにも掲載されていて
ここで飲めば話の種にもなる
興味をそそる場所になっています。