稲村ケ崎3号踏切の脇に
阿佛邸旧跡の石碑があり
毎年その前には、小さなガクアジサイが咲きます。
そのガクアジサイのピークは過ぎていて
鮮やかな色も失せていたので
スルーしようと思っていました。
立ち去ろうとした瞬間、踏切が鳴り出します。
江ノ電が通過するまで踏切を渡れないし
せっかくだから江ノ電を撮ってから移動しようかと
カメラのスイッチを入れます。
すると私の脇を駆け抜けていったのは、300形。
急に奮い立ちますが、
構図を作るのが精一杯でピントが・・・・
この石碑がある場所、
実は、阿佛が住んでいた場所ではありません。
浦近き山もとにて、風いと荒らし。
山寺の傍らなれば、のどかにすごくて、波の音、松の風絶えず、
都のおとずれはいつしかおぼつかなき程にしも、 …
(以下省略)。
ここに出てくる山寺とは、
月影ケ谷にあった
月影地蔵四王院、法蔵院、無常院などの子院のことでしょう。
別な箇所の「このうしろの山」という記述は、
阿仏が住んでいた邸の背後に山があったことをしめしています。
山から「聖福寺」と「今熊野」が展望出来たそうで
「聖福寺」は現存しませんが
「今熊野」は極楽寺の東の熊野新宮のことかな。(たぶん)