鎌倉踏み切りでのワム編成(3461レ)

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先日、大船で253系の撮影の為、ギャンブル嫌いの私には縁のないパチンコ屋さんの
立体駐車場7階でカメラを構えているとEF210に牽かれたコンテナ列車(4073レ)が
東海道線の旅客線を走っていくのが見えました。
ということは、その後に来る3461レも今日は旅客線を走るっていう事?
慌てて小袋谷川の近くにある鎌倉踏み切りに移動します。
数分後、来ました来ましたワム編成。
大船駅を出てすぐの旅客線大カーブをゆっくりこちらに向って来ます。
ここで、鉄道、列車カテらしくない当ブログお得意の歴史のお話。
この鎌倉踏み切り辺り一帯は、戦国時代の1526年、房総の里見よしたかが
相模国に攻め入った時に北条氏と激戦を交わした場所です。
相模国を代表する山城、玉縄城の初代城主、北条氏時は、大船の甘粕氏や渡内の福原氏など
この辺りの土豪と共に里見氏を撃退。
この踏み切りから柏尾川を渡ってすぐの所にある玉縄首塚は、
この時、戦死した武将達を埋葬した場所です。
(一説には、里見氏側の武将の首を葬った場所とも言われています。)