「羽衣」という名をこの町につけたその由来は、
今も弁天橋、弁天通りの名を残している
北仲地区の砂洲にあった洲干弁天を遍座した
厳島神社に因み天女に関係する「羽衣」を選んだといいます。
先日、その横浜村の鎮守、
厳島神社を訪ねてみました。
境内は、威圧感のある高いビルに囲まれ
社殿も肩身が狭そうに見えました。
*現在の弁天通6丁目にあった洲干弁天社が
羽衣町に移ったのは、1869年。
しかし横浜村に居住していた人々は、開港後に元町に転居させられているので
氏子衆共々、元町の
厳島神社を洲干弁天社の後継社とみなす事があるようです。