「鎌倉での住まいの場所は、
月影の谷と言うそうです。
海辺に近い山麓で凄く強い風が吹きます。
山寺の脇なのでとても静かで寂しく
波音や松の風音が絶えません。」
十六夜日記・東日記の冒頭部分です。
十六夜日記を記した
鎌倉での暮らしは、
この写真の阿佛邸旧跡の石碑がある場所から
さらに山側の月影が谷で始まりました。
ここに出てくる山寺とは、
月影ケ谷にあった月影地蔵四王院、
法蔵院、無常院などの子院のことでしょう。
阿仏尼は、そこに1年間ほど住みましたが
月影の谷があまりにも寂しい場所で
僧忍性の行う慈善事業で
多くの医療施設が造られ
病人や非人が多かったこともあり
環境や治安が良いとも言えず
親しい人の居た比企が谷、
さらには亀ケ谷(現在の扇ヶ谷あたり)に
住まいを移しています。